オジサンの料理術    日本の食文化について考える料理の基本的な知恵「さしすせそ」

15. 「簡単・便利」の落とし穴

世の中、右を向いても左を向いても「簡単・便利」が溢れています。文明の進歩・発達は常に「簡単・便利」を追い求めてきた歴史といって良いでしょう。この経済性、効率性という資本主義社会の究極のテーマは、私たちにより快適な生活をもたらしてくれました。この先どこまでいけば気が済むのでしょうか。飽くなき人間の欲望は留まることはないに違いありません。

こうした大きな流れの中で失い、更に失おうとしているものの大きさも並大抵ではありません。特に気になるのは、家族の日々の暮らしの中でのコミュニケーションの欠如ではないでしょうか。すべてを外部に依存することが可能になった食生活の面から見ても明らかでしょう。以前包丁を持たない家庭が増えているという調査結果が出て、マスコミで話題になったことがあります。今や、包丁どころか鍋や食器すら無くても何の支障もありません。電子レンジさえあればガス台さえ不用でしょう。その上「孤食」とやらで一人一人ばらばらの食生活では、最も基本的な家族内のコミュニケーションも成り立ちません。「振り込めサギ」で何百億円もの被害が出てしまうのも、家族間のコミュニケーションの希薄さが大きな原因にちがいありません。人と一緒に食べるということが、最も自然な形のコミュニケーションを作り出すことは、人類すべての共通認識のはずです。「簡単・便利」はとかく「手抜き」に陥ります。一人暮らしの老人や学生・勤め人ならともかく、家族という最小のコミュニティー内での触れ合いが極めて希薄になっているようです。その最大の原因は食生活での手抜きに他ならないと思うのです。

家庭でのしっかりした「食作り」こそ「食育」の基本ではないでしょうか。飲み物はすべてペットボトル、おかずは出来合いのパックものでは食育のしようがありません。こうした家庭で育てられた子供に、いくら「食育」を説いても何の効果も期待できないでしょう。食材を家庭に持ち込み「旬」を教え、調味料の使い方、火加減等を教えることがコミュニケーションを密にし、美味しい、まずいのやりとりこそが大切なはずです。料理研究家の皆さん!簡単だけを売りにしたレシピはいい加減にして欲しい。料理・調理の楽しさ、面白さを強くアピールして欲しいのです。

ところで、子供のおやつについて考えてみたいと思います。昨今の統計で菓子類の売り上げ順位を見ると、1位がチョコレート、2位がスナック菓子、3位がせんべい類となっています。特に問題なのがスナック菓子でしょう。スナック菓子はやたらに旨い。つまみ始めたら止まらなくなる。どれも油で揚げて塩か砂糖と化学調味料で味がついている。色も皆淡い色をしているのが共通点です。<堅い、塩辛い、黒い>を食品業界の売れない「3K」という言い方がありますが、スナック菓子は全くその反対の作り方をしています。だから良く売れるのでしょう。
唇に触れただけでうま味を感じ、ほとんど噛む暇もなく溶けてしまう。昔の母親が子供におやつを与える時の決まり文句は「良く噛んで食べなさいよ」でした。今時の母親は何と言うのでしょうか。保育園に入ってくる子供の中には「噛む」ことを知らない子がいるのだそうです。高カロリー、高塩分のスナック菓子を食べ、甘いジュースを飲み続けたら、誰だって生活習慣病になること請け合いです。タバコには健康被害を警告する文章が印刷されていますが、スナック菓子にこそ警告文の表示を義務付けるべきではないでしょうか。こうした事を野放しにしておいて学校で食育教育に力を入れようと言っても、何の効果ももたらさないのは目に見えています。現場の先生達も空しさを募らせるばかりに違いありません。子供達の体力、知力が年々低下しているという統計がマスコミに取り上げられていますが、いつもカリキュラムの見直しが云々されるだけで終わってしまうのは実に残念なことです。

資本主義社会は、何を作り、何を売っても構わないというのが基本原則ではありますが、子供の健康を脅かしかねない食品を野放しにしているのはどう考えてもおかしい。作っているメーカーが悪いのか、食べる子供が悪いのか、政治家、医者、親達、消費者団体等々がいい加減なのか、何処からも声が出てこないのは全くあきれた話です。
かつて、山梨県の長寿村として名を馳せた山村で、「逆さ仏現象」が起き、マスコミで大きく取り上げられた事があります。雑穀を主とした粗食を強いられてきた村の若い人達が都会に出ては健康を害し、次々に村に戻って、年老いた親が子供の死を看取ったという何ともやり切れない話でした。このままでは全国至る所で「逆さ仏現象」が起っても不思議ではありません。

少子化を食い止める方策をめぐって、国会や厚生労働省などを中心に議論が高まっています。しかし子供の数を増やすだけで済む問題ではありません。現在の子供たちの健康と心を守ることを優先しなければならないはずです。何時でも何処でも簡単に食べられる時代だけに、毎日の積み重ねが怖いのです。忙しさを言い訳にして、家庭での食をないがしろにしたり、手抜きをすることは許されません。大手食品企業は今後も「簡単・便利」をうたい文句にした製品を次々に開発していくでしょう。こうした物に惑わされず、いつ何をどういうふうにして食べるか、それぞれのご家庭で真剣に考えなければなりません。食こそ、最も身近な「自己責任」なのですから。

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