オジサンの料理術    日本の食文化について考える料理の基本的な知恵「さしすせそ」

14. 料理酒の「受難ものがたり」

「料理酒」の定義が実にいい加減になってしまっています。一般的なイメージは

  1. 塩が入っていて飲めない酒
  2. 「料理用」と表示されている粗悪な安い酒
  3. 飲用の酒を料理に流用した時の酒
  4. 燗冷ましや飲み残しの酒を料理に使う場合の酒

と言った具合で、どれをとっても、料理に使う酒など何でもかまわないという評価です。
こうした低い評価をなんとか払拭し、真面目に良質な料理酒を作りつづけている蔵元を少しでも応援したいという想いから、研究会を作ったり、その機能を家庭料理の中でさまざま検証を続けてきました。しかも、いままでご説明してきたように、日本酒は単なる一調味料の領域を超えた和食文化の根幹にも関わる極めて重要な調味料ですから、こだわりたいのです。こうした共通の認識をプロの方々のみならず家庭で調理を預かるすべての皆さんに知っていただきたい。そうすることが、この素晴らしい和食文化を健全な形で継承できるのではないかと思うからです。

ところで、料理酒がなぜ永年に亘ってこんな低い評価を受け続けてきたのでしょうか。
先ず第一は、酒の醸造・徴税などを管轄している国税庁酒税局の扱いにあります。国税庁では飲用でない酒はすべて「雑酒」という区分に入れられ、差別されてきました。これが料理酒の低い位置付けの大きな要因になったのです。淡麗辛口一本槍になってしまった昨今は日本酒の命とも言うべきアミノ酸を主としたエキス分をすべて「雑味」と称して、悪者扱いしているのです。最近になってやっと「雑酒」という差別的な用語はやめようと「多用途酒」という表記に変更されたようですが。

次に、料理酒を製造・販売してきた蔵元自体にも問題があるでしょう。醸造に失敗した酒や返品された酒の処分方法の一つと考えてきたのではないかとさえ思わざるを得ません。 更に研究者や料理人、料理研究家といった指導的立場の人達の、日本酒の調味効果についての認識が足りなかったのだと思います。いずれも、調理を「科学」として捉える視点に欠けているのです。数多く出版されている料理本やレシピ本で、「酒」の質にふれている本が全く見当たらないのはどうしたことなのでしょう。

一方社会情勢に振り回されて来たという側面も見過ごせません。特に60数年前の太平洋戦争の影響です。戦時下では酒は一種の戦略物資となるのです。酒は過酷な戦場で兵士の士気を鼓舞したり、癒したりするためには極めて重要な物資となります。従ってこういうご時世では酒は「軍需」が最優先されますから、一般庶民の口にまで回りません。ましてや酒を調理に使う事などできるはずはありません。戦後になっても密造されたメチルアルコール入りの酒を飲んで命を落としたり、失明したりしたといった困窮状態でしたから、酒を料理に使う習慣がすっかり途絶えてしまったのです。この間30年ほどブランクが出来てしまったのではないでしょうか。そうこうする内に化学調味料が大量生産され、「味は手軽に付けるもの」という観念が定着し、「素材から味を引き出す」という酒の調味効果を忘れてしまったのです。そうした風潮が現在まで引き継がれ、酒なんか何でも良いということで料理酒の評価が不当に低く放置されたままになっているのでしょう。天然アミノ酸の宝庫としての優良な料理酒に是非注目していただきたいのです。

こうした中で、優良な料理酒を作り始めた蔵元も徐々に増え始めてきたのは嬉しい話です。
全国的に見てもまだ5軒ほどにしかなりませんが、米の消費量の落ち込みが止まらない中で、米を大量に使う料理酒造りは、40%にまで達してしまった休耕田の復活の一助にもなるはずです。現に、「蔵の素」の醸造元である福島県矢吹町の大木代吉本店では、隣の白河市で休耕田を利用した酒米造りに昨年から取り組み始めました。私も田植えと刈り取りに参加させてもらいましたが、地元の園芸会社と障害者施設の協力も得て、里山の復活も兼ねての取り組みです。料理酒造りには欠かせないたんぱく質の多い「はばたき」という品種の米を栽培したのですが、残念ながらあまり出来はよくありませんでした。それでも蔵元では、その米で料理酒造りに挑戦しており、まもなく結果がでるところです。

ところで、最近「スローフード」という言葉がすっかり影をひそめてしまいました。
1986年にイタリアで誕生した食を中心にした一種の生活改革運動のようで、細々と生産されてきた伝統食品やその生産者を支援したり、食育に力を入れようと言うのが基本理念のようです。画一的なファーストフードの急激な広がりに対するアンチテーゼとして世界的な支持を得ているようです。日本でも2001年に支部が結成され、2000人を超える人達が参加しているとか。永年食造りを生業にしてきた私も大いに賛同し、会員になって活動したいところですが、いま一つ乗り切れないでいます。

4年程前のこと、新聞社主催のスローフードがテーマのシンポジュウムに参加したことがあります。基調講演をしたのがイタリア本部の幹部で日本担当という男性。パネリストは、高名な料理研究家、外食チェーンの元経営者、女性タレント、マスコミ出身で農業に詳しい大学の先生という構成でした。基調講演を聴きながら、まずびっくりしたのは、イタリアにはこの運動の対象になる食品が、ワイン、ハム、チーズ、パスタ位しか無いということでした。一方パネリスト達の話も誠にバラバラで噛みあわず、しらけた時間が過ぎるばかりでした。又聴衆の方も大半が若い女性で学生らしき姿も多く眼につきました。

最初にこの「スローフード」という言葉を耳にした時に、「どうしてイタリアなの?」
「日本こそ本場なんじゃないの」というのが私の実感だっただけに、予想通りのお粗末なシンポジュウムでした。
手間暇かけた醗酵・醸造食品の先進国日本こそ、スローフード運動を提唱するに最も相応しいと思うのです。余りにも恵まれすぎている為に足元が見えず、格好良く見える横文字に飛びついてしまう悪癖はそろそろ払拭したいものです。と同時に食品に直接携わってきた我々の側にも反省しなければならない点が多々あります。特に日本の食をトータルに見据えることの出来る専門家がいないということでしょう。食造りの現場を熟知していて、カリスマ性のある人材の出現が待ち望まれます。

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