オジサンの料理術    日本の食文化について考える料理の基本的な知恵「さしすせそ」

07. 韓国での和惣菜製造指南 その一

立川から成田空港まで3時間、インチョン(仁川)空港まで2時間40分、2時間待ち合わせのあと高速バスで5時間。朝5時起きして現地に到着するのは夕方7時すぎというのが韓国南西部の中核都市、光州広域市(クアンジュ)への道のりでした。なんと14時間もかかるのです。「近くて遠い国」を正に実感する旅でもありました。空路の直線距離で測ってみると、奄美大島あたりの距離(2時間10分)なのですが、先方で格安航空券を手配していた関係でしょう、7回通った内6回がこのコースでした。

ここの大手キムチメーカーから「日本のおかずの作り方」を教えてほしいという依頼を受けたのは4年前の2002(平成14)年12月のことでした。友人の紹介で都内のホテルで先方の社長、明(ミョン)さんに会いました。日本語、英語に堪能なバリバリの実業家という印象でした。彼は韓国のジェトロ(日本貿易振興機構)のような組織の駐在員として博多に3年ほど住んでいた経験があり、日本の惣菜の素晴らしさを充分体験していたのです。あとで知ったことですが、キムチの食べ過ぎが塩分の過剰摂取を招いて、働き盛りの人達の胃がんの発症率が非常に高いそうです。食生活の低塩化は国の大きな政策の一つでもあったのです。そんな訳で、光州で日本式のお惣菜をはやらせて、国策の先取りをしたいという、いかにも実業家らしい発想だったようです。ミョンさんは根っからのキムチ屋さんではなく、キムチ会社を買収してオーナーになった人だったのです。

さて、ホテルでの面談で、期間・謝礼等の提示がありました。謝礼については私が想像していた最低の額でしたが、「ビジネスとしてではなく、韓日の食文化の交流に役立つと思うのでお引き受けしましょう」と、いささか格好をつけてしまいました。更に「お国については全く知識がないので、一度呼んでいただけませんか。そちらでも私の食についての考え方、技術等をみて決断してください」と申し上げたのです。こうして12月19日から24日までの5泊6日が、初めての韓国訪問となったのです。

最初の日、社長以下会社の幹部12人ほどが集まってくれました。私は日本の食文化を大まかに理解してもらおうと、ホワイトボードに日本地図を書きました。そしてその地図に静岡から富山にかけて縦に線を引き、主な海流も書き添えました。これは一口に日本食といっても、東は味が濃く、西は薄いという特徴があること。島国ゆえに海流の影響も大きく受け、同じ素材でも季節によって「旬」の時期が激しく移動すること、などを説明するためでした。

次に行ったのは「だし」の試飲会です。この会社では日本から醤油、味噌、酢等の調味料や乾物類・レトルト食品・袋菓子・漬物等を輸入して、百貨店やスーパーに卸す商売もしていたのです。ですから商品見本が棚からあふれるほど並べられていました。その中に削り節・昆布・煮干を見付けた私はとっさに思いつきました。「そうだ、だしの飲み比べをしてもらおう・・・・・」早速、<削り節+昆布><煮干+昆布>の2種類のだし作りにとりかかりました。それまでに簡便なだしのとり方を考案していた私にとっては「お手の物」だったのです。(この方法については後日詳しく書かせていただきます)20分ほどで2種類の「だし」ができあがりました。それに少量の醤油をたらし、薄い「お澄まし」にしたのです。早速試飲してもらったところ、意外にも全員が<鰹だし>の方が美味しいというのです。私はびっくりしたのと同時に「してやったり」という想いがこみあげてきました。何故なら、韓国の基本調味料である「漁醤」の原料にいわし類の小魚が沢山使われているのを知っていたからです。現にこの会社の倉庫にもキムチの味付けに使う魚醤がドラム缶に10本ほども保管されていました。
いわし類(しらす級、煮干級)小エビ(海産、淡水産)が中心です。ですから韓国の人たちにとっては煮干のだしのほうが馴染んでいるはずなので、びっくりしたのです。
そしてほっとしたのです。何といっても、<鰹だし>と<日本酒>こそが日本料理の基本だからです。「よし、これなら日本のおかずの美味しさを解ってもらえるはずだ」と。

一通り終わったところで、ミョン社長が満面に笑みをたたえて握手を求めてきました。同行してくれていた友人に「こういう人を探していたんだよ」というのです。その際、低塩化と無添加を基本にしましょうと申し合わせました。
初めての訪問で私がやったのは前述した2点だけで終わり、昼間はテナントとして出店している百貨店やスーパー、街の市場の見学と韓風惣菜の試食に明け暮れ、夜は平目やたこの刺身、焼肉、チゲ鍋、うなぎの蒲焼等々これでもかというほどの接待づけの5日間となりました。丁度年末だったため会社の忘年会にまで参加させてもらい、感激したものです。こうした中で言葉こそ判りませんが、イさん、ピョンさん、パクさん、ムンさん、キムさんらとすっかり打ち解けているのには、我ながらびっくりしたものです。私にとって韓国は一挙に「近い国」に変身してしまいました。

ところで、調理人でも料理研究家でもない私が、異国の人に「おかずの作り方を教える」ということを不思議に思われる方も多いと思います。しかし初回の自己紹介の項で自慢させていただいたように、素材と調味料を前にすると、不思議なくらいイメージが湧いてきて、作ってみるとぴたりと決まるのです。ですからこの話を頂いたときにも何の不安もありませんでした。一方先方は、思いつきから始まって、試作、試食、ネーミング、量目、パッケージ、価格の設定という製品開発のプロセスに経験が豊富だという点を買ってくれたのでしょう。

さて、光州という所は韓国でも有数なキムチの産地だそうで、毎年秋に全国規模の【 キムチ大祝祭】というイベントが開かれます。今年も11月16日から20日まで市内の公園で開催されるようです。(詳しくは光州広域市のHPをご覧下さい)私も見てきましたが、北朝鮮も含めた各地特産キムチの展示、キムチ作りの体験、民族舞踊や音楽、キムチの素材や製品の販売、それに沢山の屋台も出店していて実に楽しい催しです。2日位かけてゆっくり見て回れば、キムチ通になること請け合いです。
尚、お出かけになる場合、東京からでしたら福岡経由でフェリーか高速船でプサン(釜山)に行き、チャガルチ市場等を見学してから、高速バスで光州へ(4時間)というコースをお勧めしたいと思います。アニョンハセヨ・・・私が唯一覚えた言葉です。

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