オジサンの料理術    日本の食文化について考える料理の基本的な知恵「さしすせそ」

08. 韓国での和惣菜製造指南 その二

最初の韓国訪問から、年が明けた2003年1月20日、いよいよ惣菜指南の始まりです。ところが最初に出てきたのが「明太子の作り方」を教えてほしいという意外な注文でした。これには伏線があり、前回訪問したときに釜山近くの、日本の大手明太子メーカーの工場での原料調達の交渉に私も同行させてもらっていたのです。百貨店やスーパーの売場で売っている明太子を、仕入れ商品から自社製品に切り替えたいということだったのです。明太子については、現役時代自分でも製造・販売していた経験もあって自信を持っていましたので、久し振りにわくわくしながらレシピ造りを始めたものでした。開発の担当者はムン(文)さんという37歳の男性で、通訳をしてくれたセナさんというお嬢さんに言わせると「韓国では珍しい超まじめ人間」とのことでした。礼儀正しく実に爽やかな青年で、今でも懐かしさがこみあげてきます。

ところで、明太子のルーツが朝鮮半島だということをご存じの方は多いと思います。
それも東海岸の貧しい漁村が発祥の地で(400年程前)、塩、魚醤、唐辛子、にんにくなどで味付けした保存食だったろうと推測しています。キムチの一種と考えて良いでしょう。40年も前のことだったと思いますが、朝鮮風の明太子を口にしたことがあります。それこそ唐辛子と塩で固めたといった感じで、とても飲み込むことができなかったのを覚えています。それを博多の業者が昭和24年に、食べやすくリニューアルしたのが現在市販されている明太子なのです。昨今韓国で売られている明太子も日本式に味付けされたものなので、その製法を私が教えるというのも不思議ではないのです。

早速「漬け込み液」のレシピを2種類作りました。一つは純日本風、もう一つは韓国風に桂皮やナツメから取ったエキスを5%加えたレシピです。和風明太子の味付けの最大のポイントは日本酒を使うことですので、これから始まる和風惣菜の製造指南にも大いに参考になったのではないかと思います。原料である生のスケソウダラの卵は殆ど味を感じません。したがって明太子を美味しくするためには調味液を中に浸み込ませなければならないのです。ここで日本酒がその威力を発揮するのです。「04. 日本酒の調味効果とは」でご説明した通り、アルコールがたら子の皮を柔らかくして調味液を浸み込みやすくすると同時に、日本酒のアミノ酸とたら子の持っているイノシン酸系の旨みを合わせることで、美味しさの相乗効果を起こさせているのです。普通のたら子と明太子では皮の柔らかさや旨味、中の水分の違いは、日本酒ならではの調味効果なのです。
こうして、翌月行ったときには見事な明太子が出来上がっていました。韓国風薬膳エキス入りの製品でしたが、売り場での評判も良く、気をよくした社長は、知り合いに配りまくったとのことでした。我ながら誇らしい思いをしたものです。

和惣菜指南のためには調味料としての日本酒は欠かせません。当然、料理酒「蔵の素」のサンプルを持っていったのですが、日本から輸入するとなると関税が100%もかかってしまい、とても無理なことが判りました。そこで現地で日本酒を調達できないものかと尋ねたところ、すぐさま買ってきてくれたのです。価格も一升瓶で800円という安さでした。しかも古いタイプの日本酒でコクもあり、料理酒としてはぴったりの酒だったのです。さすが両国の長い付き合いを感じさせてくれる嬉しい出来事でした。
その他、醤油、味噌、酢等和惣菜の調理に欠かせない調味料も一通り揃っており、本味醂だけはありませんでしたが、これも砂糖と酒に置き換えることで解決できました。

さて、7回35日に亘った韓国通いで製法を伝授したのは35品程になりました。
純和惣菜としては、きんぴら、いか大根、茶碗むし、肉じゃが、おでん、ひじき炒め煮、せりの白和え、ほうれん草のきのこ和え、さばの醤油漬け・味噌漬け、太刀魚やあじの醤油漬け、こはだの酢〆、若鶏の唐揚、納豆等。珍味的なものとしては、明太子を初めとして、いかの塩辛、いか明太、茎わかめの酢あじ和え、いかしゅうまい、いかキムチ、白菜のはさみ漬け等。たれ類として、寄せ鍋のつゆ、漬け込み肉のたれ等でした。これらの中で唯一びっくりしたのは「納豆を造ってみてほしい」と言われた時です。さすがの私も全く経験がありませんでしたが、挑戦してみることにしました。
幸い通訳のセナさんのパソコンには日本語も入っていたので検索してもらい、「作り方」をプリントアウトしてもらいました。私が知りたかったのは、発酵させるための保温温度だったのですが、45度で一晩寝かせるということが判りました。通常は市販されている納豆菌を使うのですが、これは無理な話でしたので稲ワラを使うことにしたのです。
2月に行った時でしたので稲ワラがあるのか心配でしたが、30分もしないうちにムンさんが調達してきてくれたのにはびっくりしました。さすが米の国だなあと、一層親近感が沸いてきたものでした。こうして夕方仕込んだものが翌朝には立派な納豆に仕上がっていたのです。

35品を作り、試食してもらった中ではっきり不評だったのはこの納豆とせりの白和えの二品でした。特に納豆の独特な香りには、耐えられないようでした。先方の要望で作ったものでしたがやはり無理でした。結構な量出来てしまいましたので、その健康効果をしきりに強調してみましたが、だれも手をつけてくれないのです。そのまま捨てるのももったいないので「干し納豆」を造ることにしました。これは東京農大の小泉武夫先生がしきりに推奨されているもので、作り方も簡単なのでやってみることにしました。
納豆を板に広げてふり塩をし、片栗粉をふりかけ、天日干しにするだけなのです。
ベランダに2日ほど出して置いただけで立派な「干し納豆」が出来上がりました。これには「美味しい」の連発でたちまち完食してしまいました。一番抵抗のあった「匂い」が見事に消えていたからでしょう。

そろそろ、その後どうなったかをお話しなければなりません。一言で言えば実を結びませんでした。理由は二つあります。前回お話したように光州市は韓国内でも有数なキムチの産地であると言う事。百貨店やスーパーの惣菜売り場を見渡すとほとんど赤一色なのです。キムチのみならず韓風惣菜にはことごとく唐辛子が使われているのです。随分沢山のおかずを試食させてもらいましたが、その辛さには閉口したものです。唐辛子を全く使わない和惣菜とは落差がありすぎました。和惣菜を試食してもらった際、美味しいといって良く食べてくれたのも事実ですが、よく観察していると何か物足りないという雰囲気もありました。茶碗蒸しを作ったときでしたが、社長からキムチを入れてみてくれという要望が出たほどでした。うどん、すし、パスタにも必ず3~5品のキムチがついてくるという土地柄なのです。こういうところでいきなり和惣菜を流行らせようというのは無理がありました。しかしソウルでしたらそこそこ成功したのではないかと残念でなりません。ソウルの百貨店では握りずしやお好み焼き、たこやきなどにかなりのスペースを割いて売っているのです。
もう一つの理由は会社の経営状態でした。この年は冷害で白菜の出来が悪く、本業のキムチの生産に支障をきたし、大幅な賃下げまでせざるを得なかったと聞きました。日本でも米の不作で大騒ぎになった年です。

いずれにしても、この韓国通いは実に稀有で楽しい体験でした。こういう機会を作ってくれたミョン社長、あちこちと美味しいものをご馳走してくれたイ顧問、通訳を兼ねて、体調を崩した私に薬を探してくれた子会社のピョン社長、いつもホテルに迎えに来てくれたパクさん、そして朝7時からという過酷な勤務の合間をぬって和惣菜研修につきあってくれた超まじめ人間のムンさん、手際のよい通訳をしてくれたセナさん、お茶目でかわいいチェさん等々、楽しい思い出はつきません。感謝、感謝の35日間でした。
もう一つ覚えた言葉がありました。《カムサハムニダ》有難う。

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