オジサンの料理術    日本の食文化について考える料理の基本的な知恵「さしすせそ」

17. 生産者(製造者)は優れた消費者たれ!

「下戸は旨いものが食えない!」というのが、50年前サラリーマン一年生だった私の実感でした。会社帰りに先輩や仲間に誘われ、居酒屋やスナック、バー等に行くわけですが、そこには非日常的な珍味の数々が登場してきます。私は下戸のくせにこうした酒の肴が大好きだったのです。そんなわけで8年ほどで独立し、最初に手懸けたのが「味の百人会」という珍味の頒布会でした。飲み屋に行かなければ食べられない珍味を「仕事」にしてしまおうという魂胆です。毎月一回全国から「旨いもの」を取り寄せ、会員に宅配するという、誠に手間ひまの掛かる商売でした。当時は宅急便などありませんでしたから、配送は親の車を自由に使えるお坊ちゃん大学生5~6人に我が家に集まってもらい、小分けしたものを氷やドライアイスで保冷しながら宅配したのです。

会員は名前通り100人限定で都内と神奈川県内が殆どでした。当時グルメとして名高かった池波正太郎さんや吉行淳之介さん、三浦朱門・曽野綾子夫妻、中野好夫・原泉夫妻、俳優の小沢栄太郎さん、仲代達也さん、八千草薫さん、大原麗子さんといった蒼々たる方々が会員になってくれました。今思い出しても鳥肌が立つようなメンバーです。ですから品物に添付する説明書を書き上げるのも大変な仕事でした。なにしろ一流の作家の方々に読まれるわけですから緊張も並大抵ではありません。まるで毎月試験を受けているようだったのを思い出します。品物が揃ったところで試食をしながら書き始める訳ですが、いつも徹夜になってしまいました。明方、家内にコピーしてもらって配達の学生さんが来るまでに間に合わせなければなりません。

こうして昭和46年から10年間、120回に亘って珍味の頒布会を続けました。毎月3~5品を配りましたから、延べにすると500品目を超えているはずです。お陰で日本国内の珍味はほぼ食べつくすことができたのではないでしょうか。その上、「にっぽんの味 珍・美・真」(1989年CBSソニー出版)という本の出版というおまけまでついたのですから、なんとも美味しくて有難い商売になったのです。この仕事は、その後の私の食品業界での活動の大きな基盤になりました。

こんなわけで、現在の私の食に関する最大の関心事は、日常の極くありふれた素材や加工品を如何にしてより美味しく食べるかにあります。たとえば乾物の豆類を水で戻して煮たものに塩を少々まぶして食べるとか、三枚に下ろしたあじやさばに塩と酒を振りかけて一夜干しにするとかの、ごく簡単な調理です。その際いつも考えているのは、アミノ酸と塩分の関わりや、アミノ酸とイノシン酸の相乗効果を高めるには、どういう素材の組み合わせが効果的かということに尽きます。こうした発想は、類まれな料理酒「蔵の素」に出会ったことで確固たる信念にまで昇華したと思っています。

食品の「安心・安全」が声高に叫ばれているにも関わらず、製造・流通に関する不祥事は相変わらず後を絶ちません。こうした中で、食品を作り、流通させる者の使命の重大さを再認識しなければなりませんが、生産者・メーカー・流通の取り組みは極めて鈍く、特に大手の添加物依存の体質はほとんど変わっていません。「眼一代、耳二代、味三代」という格言がある通り、自分の味は祖父母から継承されたものであり、現在の自分の食生活は孫子の代まで影響を及ぼすということでしょう。従って食を生業とする人たちの責任は計り知れないものがあります。しかも食品の場合は生産者も流通業者もすべてが消費者でもあるという、他には無い特性がある訳ですから尚更です。

食を扱う者は先ず優れた消費者であってほしいのです。買い物のプロでもあってほしいのです。更に調味のメカニズムを熟知していてほしいのです。美味しいものをとことん追い求めてください。今話題の「食育」の先頭に立っていただきたいのです。そうしなければ消費者に本当に安全で美味しい食を提供することはできません。
この連載の最初で書きましたように(01参照)、先ず「美味しい」とはどういうことなのか良く考えてください。我国の少子高齢化現象は予想を超えるスピードで進展しています。食品企業にとっては逆風状態が続くことを覚悟しなければなりません。従って、食品企業が生き残る方策は極めて限られています。一言でいえばリピーター(固定客)を如何に多く確保するかにかかっています。それには「飽きの来ない優しい味」が必須条件です。

人口減少という誰も経験したことの無い中でのご商売はさぞかし大変だろうと思います。
私も20年余り経営してきた会社を平成10年に廃業したのですが、当時はバブルが崩壊したせいで売り上げが大幅に減少したのがきっかけでした。取引先や仲間からは「良い時に辞めたね」と盛んにいわれ、なんとも複雑な気持ちでした。最近は各地のメーカーさんやスーパー、生協、料理教室、百貨店等に招かれ、技術指導や講演をさせていただいています。前回(16回)書きましたように、この素晴らしい和食文化をなんとか健全な形で継承してほしいという一念で活動させていただいております。かつてポランさんの納入業者であったご縁でこうした機会もいただいたわけで、感謝にたえません。いささか難聴で苦労はしておりますが、まだまだお役に立てるのではないかと思っております。何かありましたらポランさんのメールにご連絡いただければ幸いです。自称オジサンのキャリアを是非ご活用ください。

※「オジサンの料理術」に関するご感想・ご意見は … info.02.pod@polano.org
00010203040506070809101112131415161718

ニュースレター

NPO法人 ポラン広場東京
特定非営利活動法人
ポラン広場東京

〒198-0052
東京都青梅市長淵
4-393-11

TEL 0428-22-6821
FAX 0428-25-1880