オジサンの料理術    日本の食文化について考える料理の基本的な知恵「さしすせそ」

16. 和食文化の素晴らしさ

和食を初めとして、和紙、和歌、和服、和傘、和風、和式等々「和」を冠した言葉は多数あります。ご承知の通り「日本式の」という意味ですが、「日本」という国名が定着した7世紀以前の「大和=ヤマト」からきているようです。それ以前に聖徳太子が制定した十七条憲法の第一条に「和(やわら)ぐを以って貴(たっと)しとし・・・・」とある通り、この「和」という字は動詞としても大変重要な意味を持っており、国のあり方を示す基本理念と言っても良いのではないかとさえ思うのです。ちなみに字典で「和」を引いてみますと、なごむ、やわらぐ、やわらげる、穏やかにする、仲良くする、力を合わせる、等とあります。料理用語としても、素材を混ぜ合わせて調理することを「和える」と言っています。このように「和」という字は大変奥の深い意味を持った言葉であると理解すべきでしょう。

最近、和食が世界中で注目され、話題になることが多くなりました。つい先日も農水省が和食の認定制度を作ろうと、有識者を集めて協議したようですが、認定の基準を作ることは困難であり、役所のすることでもあるまいと断念したようです。これなども和食の広がりが地球規模に達していることの証明でしょう。中でも米国には現在9000軒もの日本食レストランがあるそうで、ここ15年で3倍にもなったとか。こうしたなかで、ジェトロ(日本貿易振興会)が主催してニューヨークで「日本食文化フェスティヴァル」が開かれ大変な人気だったようです。その際、中心的な役割を果たしたフレンチのシェフが「自然への感謝を最も純粋な形で表現したのが和食」であり、「食材と語れ!」と言っています。日本から湯葉、木の芽、くず、豆乳等を取り寄せ、トリュフやフォアグラとコラボレートした料理を作ったそうですが、どんな味だったのでしょうか。気になるところです。地球人口の60分の1にしか過ぎない我々日本人が営々と築き上げてきた和食に対する賛辞として、これ以上のものはないでしょう。それにつけても、これほどの素晴らしい財産をもっていながら、一昨年の愛知万博では日本食についての発信が全く無かったのはどうしたことだったのでしょう。しかもテーマが「自然との共生」だったのですから。

ところで、現在我々が食している和食のスタイルは、いつごろにその起源があるのでしょうか。平安時代、天皇が臣下をもてなした「大饗=だいきょう」という宴席についての記録によると、主食、副食の他に塩、酢、酒、醤(じゃん)を四種器という銀器に入れて卓上に並べていたのだそうです。主食は玄米を蒸したもの、副食は蒸したり、煮たり、乾物を水に戻したりしただけのもので、それぞれが調味料をかけたり、付けたりして食べていたのだそうです。その後安土桃山時代(1573年~1603年)になって醤油が発明されてから、調理の段階でも調味料を使うようになり、調理技術が急速に向上して現在に至っているようです。こうした歴史的な経緯からも「素材にうるさい日本人」という評価も我々のDNAに拠るところなのかもしれません。

さて、戦後の経済発展に伴って、我々の食生活も大きく変わってきました。大きな流れとして捉えると

  1. 塩辛いのもから甘いものへ
  2. 硬いものから柔らかいものへ
  3. 淡白なものから油濃いものへ
  4. 冷たいものから温かいものへ

といったところでしょうか。こうした変化は「快適さ」を手に入れた一方、素材の良し悪しが軽視され、調味料に頼り過ぎる傾向を生んでしまいました。その結果、肥満や生活習慣病の増加をもたらしてしまったのではないでしょうか。

<和食は「引き算」の料理である>という言い方があります。洋、中、韓が「足し算」の料理であることへの対比として言われている訳ですが、調理に対する基本的な考え方の違いを端的に言い当てた表現であると感心してしまいます。<水墨画や日本画と油絵の違い>(阿部弧柳著 日本料理の真髄)というのも面白い比喩ではないでしょうか。私も再三申し上げてきた通り、「味を付ける」前に「素材から味を引き出す」工夫をすることが最も肝要な調理のあり方だと思うのです。これこそが<素材のエネルギーを引き出す><食材と語れ!>とフレンチのシェフ達にまで言わしめている和食の最大の特徴であり、優れた調理法だと思うのです。

旨味に対する日本人のこだわりは並大抵ではありません。和食の基本理念である、<素材の味を楽しむ>ということからすれば、どうしても薄味になります。醤油や味噌などの味の強い調味料ではなく、旨味そのものの調味料をという想いから、旨味物質の研究が進んだのでしょう。1908年にグルタミン酸(昆布)、1913年にイノシン酸(鰹節)、1957年にグアニル酸(干し椎茸)と三大旨味成分といわれる物質の発見はいずれも日本人学者の手によるものなのです。これを基に様々な旨味調味料が開発され、我々の食生活にすっかり根付いてしまっているのはご承知の通りです。ここで問題なのは「調理とは素材に味を付けるもの」というのが固定観念として定着してしまったことでしょう。
これでは和食の基本理念である<素材の旨味を楽しむ>ことから完全に逸脱してしまうことになります。

最近アミノ酸とイノシン酸(核酸)の相乗効果の大きさが注目されています。アミノ酸系の旨味と核酸系の旨味が一緒になると、旨味の強さが大幅に増幅される(7倍以上)という研究です。ところが我々日本人は昔からすでに体験してきたのです。まず第一は「だし取り」です。昆布(グルタミン酸系)と鰹節・煮干(イノシン酸系)を合わせて使うことで、強い旨味を引き出すことに成功しているのです。その他、青菜のお侵しや冷奴・湯豆腐(グルタミン酸系)に花がつおを添えたり、肉類や魚介類の鍋物に白菜を使うなどもその一例です。科学的な分析もせずに、絶妙な組み合わせを実践してきた日本人の智慧には驚かされます。
ご参考までに、グルタミン酸、イノシン酸を多く含んでいる食品を列挙しておきます。(栗原堅三著 「味と香りの話」より)――含有量の多い順――

※ グルタミン酸
昆布、チーズ、一番茶、海苔、いわし、するめいか、帆立貝、トマト、バフンウニ、ジャガイモ、白菜
※ イノシン酸
煮干、鰹節、しらす干し、かつお、あじ、さんま、鯛、さば、いわし、豚肉、牛肉

上手に組み合わせて強い旨味を体験してみて下さい。

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