ぐうたら百姓のすすめ … 附録その1

12.附録その1 : 化学肥料はなぜいけないのか

化学肥料。そんなもの何の害もないと思っておられるか、何となくいけないようだが、なぜいけないのか、はっきりした理由がわからないと、誰しもが思っておられうようです。ところがどっこい、化学肥料のいけないわけは、はっきりとした理由があるのです。でなければ、有機農業で使ってはいけないという根拠もないわけですから。前置きはさておき、ご説明しましょう。

● 牛たちが次々と死んでいった

6年前の夏。日本中が雨不足で渇水に悩んだのを覚えておられますか。悲劇は、このさ中に北海道で起こったのです。長い間、雨が降らなかったため、牧草地の牧草はぐったり萎れている状態をすぎて、ほとんど枯れ草状態。そこへ干天の慈雨がやってきました。牧草は緑を取り戻し、牛たちも大喜び。久しぶりにみずみずしい青草をムシムシと食べたのです。悲劇はその直後起こりました。牧草を喜んで食べた牛たちが、次々と死んでいったのです。牛が草を食べてから死ぬまで時間はかかりませんでした。なぜこんな恐ろしいことになったのでしょう。

元凶は硝酸態窒素でした。見慣れない言葉なので、少し説明しましょう。動物とおなじように、植物も自分たちの体をつくるのに窒素が必要です。それでもって、たんぱく質をつくるのです。植物の場合、窒素分は根から吸収されます。吸収されるのが、硝酸イオンかアンモニアのイオンなのです。これを硝酸態窒素・アンモニア態窒素と呼んでいるのです。ところで植物は、自分の体をつくるのに必要な量以上の硝酸態窒素を蓄積しても害がないのです。それどころか、土の中にあるだけ、吸収できるだけの硝酸態窒素を、どんどん吸収して葉にためてしまうのです。化学肥料をやればてきめんです。

なぜ、悲劇は起きたのか。原因は干ばつです。雨が降らなかったため、牧草を育てるのに施用した窒素肥料が、毛管現象で地表近くに濃縮されていました。ふだんなら、施用した窒素肥料のうち、植物に吸収されなかった余分の窒素は、雨が降ると土の中を上から下に向かって流れ去ってゆきます。ところが、干ばつで地表からの水分の蒸発が盛んになり、余分の硝酸態窒素が、どんどん地表近くにたまってきたところへ、雨が降ったのです。そのせいで、牧草は一気に水を吸収し、吸収される水に溶けた硝酸態窒素が、一気に牧草へと蓄積していったのです。おそらく牧草に含まれていた硝酸態窒素の量は、ふだんとはケタはずれだったでしょう。

● 牛の胃で起こったこと

牛の胃にはルーメンとよばれる一群の微生物や原生動物がいて、食物を分解しているのです。そのおかげで牛は繊維質を消化できるのですが、なんせ胃袋はほとんど無酸素常態になっています。そのため牛が時折するゲップは無酸素状態で発生したメタンガスです。つまり還元状態。ここでは硝酸態窒素が還元されて亜硝酸になります。亜硝酸は腸から体内に吸収されますが、体内で恐ろしい変化を引き起こすのです。

● メトヘモグロビン血症

血液のなかで酸素の運搬をになっているヘモグロビンは、亜硝酸と結合すると、酸素運搬機能をまったくもたないメトヘモグロビンになってしまいます。体内に吸収された亜硝酸が多いほど、血液は酸素の運搬機能を失ってゆくのです。メトヘモグロビン血症。ひどい場合には体全体が酸欠状態になってしまうのです。いくら肺で呼吸しても、ヘモグロビンが酸素を運べない悲劇。それが硝酸態窒素をたっぷりと吸収した牧草を食べた牛に起こり、極度の酸欠で牛は窒息死してしまったのです。

● ブルーベイビー

私が学生だった30年以上前、ヨーロッパのあちこちで血の気のない青い顔をした赤ちゃん、いや青ちゃんが大問題となったことがありました。硝酸態窒素の多い草を食べた牛の乳を飲んだり、野菜を生のまま食べたりした母親の赤ちゃんです。おかあさんの腸で亜硝酸になり、それが母乳をへて赤ちゃんの体に入り、結果的にメトヘモグロビン血症を引き起こしたため、酸欠状態で青い顔をしてグッタリした赤ちゃんになったのです。亜硝酸でフラフラになった牛でも外見は分かりませんし、この牛の乳を飲んだ母親も体調悪いかな?くらいですが、赤ちゃんは体が小さいので大変! これがブルーベイビー事件でした。これがきっかけで化学肥料に対する批判が高まり、やがて環境税の導入や化学肥料に対する課税、過剰の施用に対する規制となって実を結んだのです。

● 過剰窒素と病害虫

牛の悲劇だけで問題が終わったわけではありません。今や日本中、硝酸態窒素だらけなのです。雨が少ない欧米であれば、硝酸態窒素が地表に蓄積しやすく、河川を汚染するのも当然でしょうが、雨が多い日本で、簡易水道や地下水が汚染されているのです。それもかなりの濃度で。また、化学肥料は吸収されやすいので、化学肥料を施用した野菜には、たっぷりと硝酸態窒素が含まれているのです。

アリマキともいうアブラムシが、春、新芽についているのをよくみかけます。アブラムシは植物が葉で合成したアミノ酸や糖分を運ぶ篩管(しかん)に、長い針状の口を突き刺して、チューチューと吸い出します。ところが、アブラムシの必要とするのはアミノ酸の方で、糖分はごくわずか。余剰の糖分は排泄するので、アブラムシのお尻からでる分泌物は糖度が高く、アリの大好物です。

植物は土のなかにある窒素分をありったけ吸収してしまいます。吸収量が多ければ、それだけ植物体内のアミノ酸も増えてきます。アミノ酸が多い部分にはかならずアブラムシがいます。アブラムシだけでなく、害虫と称される虫たちにとってはアミノ酸は大好物。ですから化学肥料をガッポリ施用した作物に、虫たちがついて食害するのは当然のことなのです。

むしろこれを窒素過剰の危険信号だと思えば、ありがたいことに虫たちが合図してくれていることになるのです。過ぎたるは及ばざるがごとし。過剰の栄養は、作物とて不健康になる原因となるのです。

Q 西村先生へ

野菜と硝酸態窒素の関係について、もう少し詳しくおしえてください。
西村先生の「化学肥料はなぜいけないのか」のなかで、「硝酸態窒素」が多く語られていました。「ブルーベイビー」や「牛の大量死」の話はショックです。
以前、『食と暮らしの安全』でも硝酸態窒素のことが取り上げられていたので、問い合わせたところ、「有機農業といえども、この硝酸態窒素の害はさけられない」との回答をもらいました。ポラン広場の有機農産物を売っている八百屋としては、とても気になる問題です。野菜に含まれる硝酸態窒素の問題は、どーしたら解決するのか。野菜と硝酸態窒素の関係について、もう少し詳しくおしえていただけたらうれしいです。(ポラン広場の八百屋「七ツ森」 LUCYより)

A 西村先生から

さぞかしポランの八百屋さんは不安に思われたことでしょうね。でもご安心ください。以下に補足説明をします。

窒素は植物の生育・生命維持に欠かせない大切な栄養素です。リン・カリウムとならんで三大栄養素とも呼ばれているくらいですから。さて、窒素がどのようなかたちで、根から吸収されるのでしょうか。それ、アンモニアか硝酸のかたちなのです。どちらかというと、アンモニアは水田のように嫌気的、つまり酸素が少ない状態でできるものなので、水稲はアンモニア態窒素が大好きです。

畑の状態では、土壌が酸化的なので、硝酸態窒素のかたちがほとんどです。したがって、畑の野菜は、硝酸態窒素を根から吸収して、葉に溜めるのです。このとき、どのくらいの硝酸態窒素を葉に溜めるかが問題なのです。もう少し説明しますと、化学肥料をやろうが、有機農業であろうが、葉に溜めている窒素の形態は硝酸態窒素なのです。

したがって、ポラン広場の野菜から硝酸態窒素がでたとしても、それ自体はごく自然の、いわば当たり前のことなのです。問題なのは、窒素肥料をやりすぎたようなときに、土にあるだけの硝酸態窒素を作物がガメツク葉に溜め込む性質をもっていることです。このような場合には、葉の硝酸態窒素は一気に上昇します。

窒素肥料をぶちまけて、緑色を通り越した真っ黒けの葉にして、収穫量をあげようという、ガメツイ農家ならともかく、健康で安全な野菜を願って、有機農業で、腹八分目の窒素でもって、スクスクと育った野菜に、硝酸態窒素が有り余るほど含まれているわけではありません。

昨今、こうした問題が噴き出してきましたので、結構、精度よく硝酸態窒素が定量分析できる機械を車で持ち運びながら調べたところ、葉色が鮮やかな有機栽培野菜は、例外なく硝酸態窒素濃度が低かったのです。ちなみに市販のものと比べますと、十分の一以下かもっと低いレベルしか検出されませんでした。

ガバッと硝酸態窒素を溜め込んだ野菜は、窒素過剰の状態なので、一般に黒ずんだ緑色をしています。しかも苦いのが特徴です。また、茹でると、色が抜けてしまい、茹でた後のお湯が黄緑色に染まってしまいます。

適正なレベル、すなわち過剰でないレベルの窒素を吸収している野菜では、茹でると色がいっそう鮮やかな緑色になるのが特徴です。茹でた後のお湯の色は、かろうじて色がついているかなーという程度です。もちろん苦くありません。よしんば苦味を感じたとしても、それは作物がもっている本来の苦味です。例をあげますと、雪解けの頃、ツボミを開いてくるフキノトウはほろ苦いですね。山菜という連中も、どちらかというと苦いものですが、この苦味はカリウムです。まったく心配のいらない苦味なのです。

硝酸態窒素の分析は簡単にはできません。簡単に分析ができるという簡易キットがありますが、このような簡易分析法ではアバウトな分析しかできません。所詮、硝酸態窒素があるかないかという程度のチャチな分析法でしかありません。だからこそ簡易キットなのです。あるなしだけの判定法を定性分析といいますが、これは存在の確認だけで、それ以上のものではありません。ということは、正確な硝酸態窒素の計算ができないということです。葉の汁をしぼっただけで、「ホラ。こんなにピンク色じゃん。硝酸態窒素たっぷりありますよお」なんていう奴がいたら、一見わかった風で、もっともらしい説明をつけては、シロウトを騙すイヤな奴です。

分析の際、大事なことは、
(1)葉の重さをはかり、はかった葉を一定量の水ですりつぶす。
(2)葉緑体のような色素が分析の妨害をしないように、上澄みを何倍かに薄める。
(3)薄めた水を一定量とって、硝酸態窒素の発色試験をする。
(4)発色試験ででてきた濃度から、薄めた倍率、すりつぶすのに使った水の量、葉の重さから逆算して、葉の中の硝酸態窒素を計算する。
(5)注意点としては、薄めたり葉をすりつぶすのに使う水は、水道水ではダメで、蒸留水を使う必要があります。なぜなら、水道水にでも硝酸態窒素が含まれているからです。
この分析法なら、正確さはかろうじて合格です。

以上の説明で理解していただけたと思います。したがって、「有機農業といえども硝酸態窒素の害はさけられない」という回答はナンセンスなのです。
植物は硝酸態窒素を吸収しないと生きてゆけないのですから、大量に蓄積したら問題はさけられない、とすべきです。正常なレベルでは何ら問題はないのです。

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